愛犬の歯磨きは歯周病の恐ろしさから守るため
愛犬は、歯ブラシを見るとツツツとお尻を見せて逃亡。
歯磨きをしなきゃ、と思うとつい二の足を踏んでしまう…そんなご家庭はありませんか?
ここまでして犬に歯磨きをする理由は、お口が臭くなるから?それとも歯が抜けたらかわいそうだからでしょうか。
「歯がないことは犬にはそれほど困ることではないですよ。
それよりもっと深刻な問題の方がありますから。」
と、当サイト「犬と暮らす」監修の獣医師石川先生。
歯がなくても困らない!?「深刻な問題」とはなんでしょう。
この記事では「そもそもなぜ歯磨き?」から出発して、以下の順番でその関連性を述べていきます。タイトルごとにリンクが貼ってありますので、興味のある内容からジャンプも可能です。
1.歯周病は内臓疾病の原因に
石川先生:
「深刻な問題とは、重大な病気につながってしまうということです。
犬は、歯が全部抜けて無くなったとしても、ごはんを食べることは出来るんですよ。
だから歯磨きをして歯周病を防ぎましょう、というのは歯が抜けてしまったらもうおしまい、という意味ではありません。
つまり歯の有る無しではなく、歯周病が有るか無いかが大きな問題なわけです。
まったく歯が無くても歯周病がなければあまり問題ではありません。極端な話、猫の難治性口内炎では治療で全部の歯を抜いてしまうこともあります。」
歯がなくなっても、ごはんを食べることができるんですか!?
それはなぜですか?
石川先生:
「犬や猫の歯は、人と違って肉を引き裂くための歯です。
奥歯も人のように食べ物を磨りつぶす形ではなく尖っていますよね。だから食べ物をよ~~く噛んで食べる必要がないことがわかります。
丸呑みしても大丈夫なくらいですから歯の有る無しはあまり神経質になる必要はありません。
ではどうして歯磨きをするかといえば、歯垢や歯石が付くことによって歯周病が起きることを防ぐためです。
歯周病が怖いことは、人間のCMでよく流れているので知っている方が多いかと思います。
犬も基本は同じです。人間ほど研究されていないのですが、歯周病の細菌が全身に影響を与えることがわかってきています。
腎臓に炎症がおこったり、心筋の血管に影響を与えるという報告があります。
老犬になって口腔内の細菌を殺す力(免疫力)が弱ってくると歯周病が急に進むこともわかっています。
だから老犬になる前、お口の免疫力の強いうちに歯磨きができる犬になっていたいですよね。」
腎臓の炎症は歯周病が原因!!
愛犬が老犬になった時、そんな命まで狙うような健康問題につながってしまうとは知りませんでした。
知っていればもっと愛犬のために一生懸命歯磨きしたのに!という後悔をしたくないですね。
2. 無麻酔で歯石除去はあり?
犬の歯石取りが大事なことがよくわかりました。その際、無麻酔で歯石を取れると聞きます。
麻酔の危険は心配な飼い主さんは無麻酔で歯石とりをしたいと考えますが、これも獣医学の発達ですか?
石川先生:
「いえいえ、獣医学の発達ではありません!
無麻酔の歯石取りはやってはいけません。なぜなら歯石取りというのは、目に見える歯石を取ればよいというものではないからです。
歯科では歯肉縁下歯石(しにくえんげしせき)という言葉があります。
これは歯肉と歯の間にたまった歯石のことです。これが歯周病を悪化させる大本と言ってもよいでしょう。
無麻酔で歯石を取る時、この肝心な縁下歯石まで取ることができません。
痛いと犬は動きます。
(皆さんも歯医者さんに行った時、痛いと無意識に口をすぼめたりしますよね)歯肉の下の歯石を取るためには少し痛い事が多いです。だから無麻酔の歯石取りは、目に見えるところの歯石だけをとって肝心の歯周病の大きな原因である歯肉の下の歯石はそのまま残されます。
見た目は歯がきれいになっているので安心しますが、歯医者さんの目から見たらとんでもない!ということなのです。
さらに無麻酔の場合、歯石を取るだけで歯の表面に目に見えない小さな傷がたくさん残ります。麻酔をかけた場合は歯石をとった後、歯の表面をツルツルにして歯石がつきにくい状態にしますが、それがないためにせっかく取ってもさらに歯石が付きやすくなってしまいます。」
そうはいっても犬に麻酔をかけるのに抵抗があるから無麻酔にしたい、という声はよく聞きます。
石川先生:
「でもどの犬も無麻酔で歯石が取れるわけではありません。
性格の穏やかな犬でなくては難しいですし、施術者もベテランでなければ不完全な歯石取りがさらに不完全になってしまいます。さらに歯石を取るスケーラーという道具は鋭利な刃でできています。最悪な場合、動いたことで口の中を切って怪我してしまうかもしれません。
犬のことを本当に思っていたら痛い思いを我慢させ押さえつけられて歯周病の予防にならないことをするよりは、きちんと麻酔をかけて完全に歯石をとってあげたほうがよいと思います。」
3. でもなぜ犬は歯磨きが嫌い
犬の中には嫌がって暴れる場合もありますね。その場合は麻酔をすることが大切なのですね。
犬は、そうは言っても、口の中だけではなく口の周りでも触られるのをとても嫌がります。犬はなぜ口を触られることを嫌がるのですか?
石川先生:
「犬が口を触られることを嫌がることが多いのはそこが敏感な部分だからだと思います。
口の中・耳の中・鼻の中は皮膚と違ってやわらかいですよね。これは粘膜と言って皮膚より傷つきやすいし敏感です。だから本能的に嫌がる子が多いのかもしれません。」
犬はだから口を触られることを嫌がるのですね。
先生の動物病院では、これまで歯磨きを嫌がる犬にどのように歯磨きをしてきたのですか?
石川先生:
「そうですね。それでは歯磨きを始めようと思ったらあなたはどうしますか?
初めての方はまず歯ブラシを買ってきて、犬を捕まえて抱っこして(抱え込んで)磨こうとします。そうすると~~
子犬は歯ブラシを新しいおもちゃだと思って咬みますし、じっとしていない!
全然磨けない! イライラしてくる!
大人の犬はそもそも口に触らせない、さわらせても突然の歯ブラシにびっくり
して暴れる! 全然磨けない! イライラしてくる!
~~~そして歯磨きは断念
知識がない歯磨きビギナーさんが通る道です。
このサイトを読んでいる方は口に触れる練習が最初だってことはご存知だとは思います。
多くの動物病院でもデンタルケアではそのようにお話しているはずです。
でも挫折するのはなぜか・・・
そう、せっかく買ってきた歯ブラシを使っての歯磨きまでなかなか進まないからです。
そのため口に触れる練習から歯を磨くところまでせっかちに進みすぎて、失敗してしまう例が多いんです。」
せっかちに進みすぎ、ですか。
愛犬は大事ですが、日々の時間の中でやることも沢山あります。
他の方法は考えられないでしょうか。例えば…
4. だったら歯石取りのオモチャはどうだ!
正直に言うと、歯ブラシはハードルが高いです、と言う方も多いと思います。
そこで私たち飼い主は、歯石をとるオモチャとか液状のデンタルリンスなど、愛犬の口に触らない方法に走ります。
それで代用になるのではありませんか?
石川先生:
「では、歯ブラシを使う歯磨き以外の方法についてご説明しましょう。
デンタルクロス 指サック歯ブラシ:
歯ブラシを嫌がるコの練習として使用するのに便利です!
ただし、歯と歯肉の間の歯垢を落とすことができないので、歯周病になっていない若い犬ではよいのですが、すでに歯周病になっている場合はこれだけでは不完全です。
指サックの歯ブラシは前述の歯ブラシの条件にあっていれば大丈夫です。
デンタルリンス:
口の中の衛生環境を整えるので歯周病の予防や治療の補助に有効です。
また、高齢犬で唾液が少なくなってきている犬では口腔内の免疫が下がりいっそう歯周病が進みやすいので積極的に使うとよいと言われています。ただし、これも獣医師の進めるもの以外は効果が不確定です。
デンタルロープ デンタルグッズ(おもちゃ):
効果のあるものとないものがあるので一概に言えないです。
特に硬いものは歯を折る可能性が高いので注意が必要です。
骨・蹄・乾燥豚耳・ナイロン製骨型ガムは危険性が高いです。
デンタルロープは清潔に保つことがむずかしいという難があります。」
5. オヤツを使って歯磨き!?
それでは、愛犬に歯ブラシで歯磨きに挑戦したい場合。
お口を触れない愛犬と暮らすご家族に、行動治療がご専門の立場から歯磨きのアドバイスをいただくことはできますか?
石川先生:
「はい! まず全くの初心者さんは歯を磨こうと思わないでお口に触れることに慣れてもらう、それが目標だと思っちゃいましょう。
それにはフードやオヤツを使うのが一番早いです。
歯磨きするのにオヤツを食べさせるの??
と思いますが、犬は先程述べたように歯で噛んで食べるのではなく小さなオヤツはほとんど丸呑みしてくれます。
だから大丈夫なんです。
最初にお伝えしたいこと、お口に触ることに慣れてもらうための大原則が3つあります。
その1 食べ物を使って楽しく進める
その2 ステップを踏んで少しずつ進める
その3 愛犬とのふれあいのつもりで毎日の習慣にする
それを踏まえ ではやってみましょう〜!
ご褒美の食べ物は大きなビスケットを手に持って舐めさせたり、小さな欠片をたくさん握って食べさせたり、すぐに食べ終わらないものを準備します。
<歯磨き大丈夫ワンコはじめの一歩>
ステップ1 片方の手で食べさせながら 反対の手でマズルの上に手を置きます。
ステップ2 マズルの上においた手で 口に軽く触ります。
ステップ3 犬歯のあたりの唇を軽く持ち上げます
(鼻ペチャさんなフレンチブルドッグ、ペキニーズ、パグなどは、手は下からでもOK)
ステップ4 犬歯のあたりの唇を歯が見えるまで持ち上げます
ステップ5 マズルの上の手をずらして前や後ろの唇を持ち上げます
ステップ6 いろいろなところの唇を歯が見えるまで持ち上げます
ステップ1が嫌がらず3~4回できたらステップ2へ・・というようにゆっくりすすんでいきます。」
細かいですね… なかなか覚えられないかもしれません。
そこまでする時間をとるのも大変です。
石川先生:
「ものすごく細かいですよね。
犬によってはあっという間に6まで進めますが、1の段階からなかなか進めないコも多いでしょう。
このぐらいゆっくり慣れさせてあげるのが成功の秘訣なんです!
よくネットでごほうびをあげながら口にさわらせる練習をしましょう、
と一言でくくられていますが、実はこのくらい細かい指導が犬によっては必要です。
でも諦めないでください!!
ここまでくると、食べさせながら口を触ることはもうOK!になっているはずです。
次は、ごほうびを見せる→口に触る→ごほうびをあげる
になります。「まて」ができるコは「まて」をかけてもかまいません。
嫌がる仕草をしたらそれは進み方が早すぎるサインです。
この段階でもゆっくり楽しくすすんでいきましょう。
ここまで来てやっと歯ブラシの登場です!
歯ブラシには犬用の美味しい匂いのする歯磨きペーストをつけたり、チーズを塗ったりしておくと抵抗が少ないです。」
歯ブラシにチーズを塗るんですか!?
そういえばチーズ味の歯磨きペーストとかもありますね。
ようやく楽になって来そうな予感がして来ました…
石川先生:
「でもいきなり歯ブラシを歯に当てません!
最初はごほうびをあげていた手で歯ブラシを握り、ごほうびを親指と人差指でつまみます。
この状態でもう一方の手で唇をめくり、ごほうびをあげます。
こうやって歯ブラシの存在に慣れてもらいます。
慣れてきてからまた細かいステップですすんでいきます。
<歯ブラシ大丈夫ワンコへの道>
1. 最初は唇をめくって、犬歯に一瞬だけ歯ブラシで触ります。すぐにご褒美を上げます。
2. 1に慣れたら歯にさわっている時間を少し長くします
3. 少し長くさわれるようになったらブラシで軽くこすりごほうびをあげます
4. 次は犬歯の奥の臼歯で同様に行います
ここは一番歯石のつきやすい歯ですので、最初にできるようになってほしい歯です
5. 4ができるようになったら他の歯も同様に慣らしていきます
最初は1つの歯が終わったらごほうびをあげ、次の歯に移ります
6. 慣れてきたら数本磨いてからごほうびをあげるようにします
というように、歯磨きができるようになるにはなが~~い時間がかかります。
だから最初にあげた3つの大原則が重要なわけです。
楽しく・ふれあい・遊びの時間のつもりでいなくてはとても毎日できませんよね!
「さあ!歯磨きするぞ!!」ではなく「今日も楽しく遊んじゃおう」です。」
さあ、歯磨きだ!とどうしても構えていました。これも愛犬が逃げていく原因だったんですね。
さて、犬の歯磨きはいつするのが一番いいですか? 寝る前だけ1日1回など様々だと思うのですが。また、歯磨きガムをあげた日は必要ないですか?
石川先生:
「飼い主さんが時間を気にしなくてよい時間帯がよいですね。人間のように食べたら磨く~が一番ですが、続けられることを第一に考えるとよいでしょう。
ただし、人より犬のほうが歯垢が歯石になってしまう時間が短いといわれています。だから毎日してあげるのがベストです。
また歯磨きガムは歯磨きの代わりにはなりません。
歯磨きガムの効果は歯垢がつきにくくなること・咬むことによって歯茎の健康によいことです。
ガムをあげた日も時間があるなら歯磨きをしてあげるとよいでしょう。
6. 犬も虫歯になるの?
愛犬が甘いものが大好き!と聞くことがあります。お砂糖は犬にも良くないですか?虫歯になってしまうのでしょうか。
石川先生:
「犬は人と違って虫歯になりにくいです。私も重度のものはほとんど見たことがありません。
とはいえまったくないとは言えません。
虫歯の原因は、歯垢にいる細菌が糖分を栄養にして酸を作りエナメル質を溶かすことなので、甘いものは確かに原因の一つになり得ます。
でも人のようにすぐに虫歯に結びつくわけではありません。
なんと言っても犬のお口の中の問題は歯周病が一番多く、
その次が堅いものをかじって歯が折れたり欠けたりする破折歯です。
歯磨きの代用と思って硬い玩具をカジカジ…その結果歯が折れたり欠けたりしてしまうんです!」
それは… なんともショックですね。
愛犬にいつも玩具や蹄などを噛ませてしまっている方は、愛犬の歯が驚くくらい背が低くなっていないかチェックしてみましょう!
7. 上級の歯磨きと良い歯ブラシの選び方
さらに上級の歯磨き
- 歯の表面だけではなく歯と歯肉の間も磨く
- 一つの歯に45°の角度でブラシをあて細かく横にゆすります
- すべての歯を一本ずつ行っていきます
- 歯の裏も磨く
- 歯磨きに完全に慣れたら挑戦しましょう!
よい歯ブラシの選び方
- 歯科専門の獣医師が設計したものがオススメ
- 毛先が柔らかくしなやか
- 歯と歯肉の間に入りやすいように極細の毛先があるもの
- ヘッドが丸く小さく犬の口に入れやすい
- 犬が噛んでも毛先や柄がこわれにくい
- グリップは円柱状で回転しやすく、磨きやすい角度になっている
愛犬が老犬になった時に全身に菌が回って命を狙う、恐ろしい歯周病!
これを防ぐことができるのは、家族である私たちだけ。
いつまでも愛犬が健やかな毎日を一緒に過ごせるよう、歯磨きの達人を目指しましょう。
本文:獣医師 石川安津子
構成:「犬と暮らす」主宰 武田裕美子
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